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1804〜1815年

ナポレオンの民法典と帝国

1804年、民法典と皇帝。革命後の制度と新しい権力を同じ年から見る。

革命の後に国を運営する

革命が王政を変えても、税を集め、裁判を行い、地方を治める仕事は残る。ナポレオンは銀行、知事、学校などを通じて統治を安定させた。その一方、担当者を中央から選ぶ制度は、支配者の力も強めた。

1800年にはフランス銀行と県知事の制度が、1801年には教皇との協約が整えられた。中央が任命する知事は地方と各省をつないだ。銀行や地方行政を整え、宗教との関係を見直すことで、革命後の国を安定させようとした。

共通の法律で国を治める

1804年の民法典は財産や家族に関する法律を統一し、地域ごとの違いを減らした。一方で夫や父の権限を強めており、女性を含むすべての人に平等な権利を認めたわけではなかった。

平等の理念と権力の集中

労働者の記録帳は、雇用と移動を管理し、働く側の自由を制限した。国家を整える制度は、使う立場によって違う影響をもつ。ナポレオンが退位しても制度の一部は残り、その後の改正を受けながら使われた。

前後の流れ

  1. 1799年

    統領政府の成立と国務院の設置。

  2. 1800年

    フランス銀行と県知事の制度。

  3. 1801年

    教皇との協約。

  4. 1804年

    民法典公布と皇帝即位。

  5. 1814年

    最初の退位。

  6. 1815年

    復帰後、支配が終わる。

言葉の意味

民法典
財産・契約・家族などの規則をまとめた法。
権力集中
決定権が限られた立場へ集まること。
相続
死後に財産などを引き継ぐこと。

史料から分かること

契約や財産を扱う法律は戦場の外の暮らしに関わる。皇帝の即位と民法典を並べると、権力と日常の規則の両方を見られる。

1804年の民法典、財産・相続と夫や父の権限。 1804年の皇帝即位と1815年までの帝国の推移。

史料だけでは分からないこと

法律の条文と日々の運用は区別する。

権利を読むときは誰が決めるかを確かめる。家族内の女性への制約は、新しい制度が全員に同じ自由を与えたわけではないことを示す。

1804年の民法典、財産・相続と夫や父の権限。 1804年の皇帝即位と1815年までの帝国の推移。

史料だけでは分からないこと

制度の評価は対象とする人により違う。

理解を確かめる

答えを選ぶと解説が表示されます。本文や資料を読み返しながら考えてみよう。

1. 民法典が全国で統一されたことで、すべての人が平等な権利を得たと言える?

参考資料

  1. Les masses de granit : de nouvelles institutions napoléoniennesFondation Napoléon

    1804年の民法典、財産・相続と夫や父の権限。

  2. Timeline: Consulate/1st French EmpireFondation Napoléon

    1804年の皇帝即位と1815年までの帝国の推移。