1940年の中止から1964年の開催へ
1964年10月10日に東京オリンピックが開幕した。日本で初の開催だったが、日本と大会の関係はその年に始まったわけではない。1940年に予定した東京大会は返上され、戦後の1948年大会には招かれず、1952年に復帰した。この開催には、戦前の返上と戦後の不参加、国際大会への復帰という前史があった。
開催へ向けて競技場だけでなく、宿泊、移動、衛生などを整える必要があった。世界から集まる選手と関係者は、競技の瞬間以外にも食べ、休み、移動する。大会は一つの競技場に観客を入れるだけでは運営できない。都市のサービスと働く人を組み合わせることで、競技の場が日々維持された。
新しい交通と台所の仕事
東海道新幹線は大会に先立つ10月1日に開業した。首都高速道路やモノレールの記録も、都市が移動の仕組みを変えたことを示す。ただし、同じ年にできた交通をすべて大会だけの結果とすることはできない。長期の計画と開催準備が重なる。開幕に近い時期の開業であっても、その路線には大会以前から続く計画と工事の歴史があった。
記録写真には厨房や案内所も写る。選手へ食事を提供するには、食品を得て、確認し、調理して配る仕事が続く。案内する人は知らない土地に来た人の移動を支える。競技結果の表には残らなくても、こうした仕事が大会を成立させた。会場の写真には、競技の周りで食事や移動を支えた人々の仕事も残されている。
十一月のパラリンピックと大会の記憶
東京ではオリンピックの後、11月8〜12日にパラリンピックが開かれた。十月のオリンピックに続き、別の競技と参加者を迎える大会が行われた。車いすバスケットボールの写真などは、同じ都市でどんな活動が行われたかを伝える。同じ都市で時期を違えて開かれた二つの大会には、それぞれの参加者と競技の記録がある。
大会は日本の戦後の姿を国際的に示す機会になった一方、都市の変化を人々が経験する場でもあった。新しい設備の記録と働く人や参加者の写真には、祝祭を支えた生活が残る。東京1964はメダルの記録だけでなく、国際関係や交通の整備、裏方の仕事、二つの大会に参加した人々の歴史でもある。
前後の流れ
- 1952年
日本が五輪に復帰する。
- 1964年10月1日
東海道新幹線が開業。
- 1964年10月10日
東京オリンピックが開幕。
- 1964年11月8〜12日
東京パラリンピックを開催。
言葉の意味
- 開催返上
- 予定されていた大会の開催を取りやめること。
- 運営
- 食事、交通、衛生、案内など大会を動かす仕事。
- 記録写真
- 撮影時と場所に結びつく画像資料。写らない経験もある。
史料から分かること
1964年以前に大会との断絶があった。
スポーツ史年表が1940、1948、1952年を示す。
1964年に初めて国際大会へ関わったわけではない。
運営と十一月の大会も記録される。
東京都の写真に厨房、案内所、車いす競技がある。
写真一枚を全参加者の経験にしない。
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参考資料
- 日本とオリンピックの年表日本スポーツ振興センター・秩父宮記念スポーツ博物館
1940年の返上、1948年の不参加、1952年の復帰、1964年の開催。
- オリンピックと東京・1964年東京都
交通網、選手村と案内所、十月の大会、十一月のパラリンピックの写真記録。