スワヒリの港市に暮らす
インド洋の船は、すでに人々が住み、商業を営む港へ来た。キルワのスワヒリ社会は、内陸の資源と海の航路を結びつけた側だった。大きな石造建築は残るが、普通の住居の見え方は違い、港の富が全員に等しかったとは言えない。
キルワでは8世紀に居住が始まり、11〜15世紀に大きな港市へ発展した。ソンゴ・ムナラは14世紀末以後に成長した近隣の町だ。隣り合う二つの町も、異なる時期に発展した。モスク、宮殿、住居の規模と材料は、信仰と富に加えて都市ごとの違いも示している。
内陸から船までの交換
船へ金や象牙を積む前には、内陸で集め、沿岸まで運ぶ工程がある。逆向きには陶磁器や織物などが届いた。港は荷物の終点ではなく、海と陸の担い手が品と価値を受け渡す場所だった。
沿岸は内陸の金と象牙を送り、施釉陶器、織物、香料、銀などを受け取った。サンゴ石の建築にはスワヒリ、アラブ、ペルシア、インドの影響が見られる。外来の品や建築様式を採り入れたのは地元の人々だった。その存在だけで住民の出自まで判断することはできない。
建築と貨幣が伝える主体性
1498年のポルトガル人の到来後、課税と圧力が沿岸の交換と内陸の生産に影響した。それでも居住は16〜17世紀に続き、後の象牙と奴隷の交易にも関わった。港の繁栄が変わることは、住民が消えることではない。その後の交易にも、政治的な圧力や人の移動の強制が伴っていた。
前後の流れ
- 13世紀
港の主要な繁栄期。
- 14世紀
交易と建築が発展。
- 1981年
キルワとソンゴ・ムナラが世界遺産登録。
言葉の意味
- スワヒリ
- 東アフリカ沿岸の言語と社会に関わる呼称。
- サンゴ石
- 沿岸で建築に使われた石材。
- 港市
- 港の交通と商業を中心にもつ都市。
史料から分かること
サンゴ石の建物と土の建物では、現在までの残り方が違う。壮大な遺構だけを見て全住民の生活が同じだったと決めない。
13〜14世紀の港市、サンゴ石の建築とインド洋交易。 スワヒリの都市生活、内陸と海を結ぶ交易。
石の遺構だけでは土の建物の住民が見えにくい。
内陸の金や象牙と海から来る陶磁器を並べると、港が交換の結び目だったと分かる。船の航路だけでなく陸側の運び手も必要だった。
13〜14世紀の港市、サンゴ石の建築とインド洋交易。 スワヒリの都市生活、内陸と海を結ぶ交易。
一つの輸入品だけで航路全体を確定できない。
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参考資料
- Ruins of Kilwa Kisiwani and Ruins of Songo MnaraUNESCO World Heritage Centre
13〜14世紀の港市、サンゴ石の建築とインド洋交易。
- Historic Towns of Kilwa Kisiwani and Songo Mnara, TanzaniaThe Metropolitan Museum of Art
スワヒリの都市生活、内陸と海を結ぶ交易。
