納税額で区切られた投票資格を変える
以前の衆議院選挙では、一定額以上の税を納めることが投票資格に含まれた。この条件があると、政治へ参加できる範囲は収入や資産に関わる差で狭くなる。普通選挙を求める運動は、この制限を外す制度の変更を求めた。1922年の野党の統一法案や、政府内の調査と検討を経て、1925年に改正が成立した。
改革は一人の政治家が宣言した瞬間だけで成立したものではない。法案をまとめ、議会で成立させ、公布して実施する過程があった。運動で掲げられた要求を条文にまとめ、議会で合意を得るまでには調整が必要だった。選挙の仕組みは、自然に広がったのではなく、要求と議決を通じて変えられた。
男子普通選挙にも残った条件
1925年の改正で納税要件がなくなり、25歳以上の男子へ投票資格が広がった。しかし女性には選挙権がなく、年齢と性別の制限は残った。当時の「普通選挙」は、現代のように成人全体へ投票資格を認める制度ではなかった。納税要件をなくしても、投票できる人には年齢と性別の制限があった。
さらに公私の救恤を受ける人などへの除外規定も残った。困窮への援助を受けるかどうかが、政治参加の条件に関わっていたのである。納税による制限がなくなる一方、援助を受ける人々の中には投票できない人がいた。選挙権は広がったが、制度の対象外に置かれた人も残った。
治安維持法と並んだ政治参加の拡大
同じ1925年には治安維持法が成立した。投票する人を増やすことと、思想や運動を自由に組織できることは同じ権利ではない。選挙の資格を広げながら、特定の政治活動を取り締まる制度がつくられた。選挙権を広げる改革と、政治活動を制限する立法が同時に進んだ。
1925年には有権者が増えた一方、政治運動への制約も強まった。投票資格が広がっても、主張できる内容や組織をつくる自由まで広がったわけではない。納税要件の撤廃は大きな前進だったが、性別による排除や政治運動への制約は残った。同じ年の法律が、政治参加を広げるとともに活動を制限していた。
前後の流れ
- 1922年
議会へ野党統一の普通選挙法案が提出される。
- 1925年3月
男子普通選挙法案が成立。
- 1925年5月
改正選挙法が公布される。
言葉の意味
- 納税要件
- 一定額の納税を選挙資格とする条件。
- 救恤
- 困窮などに対して受ける援助。当時の除外規定に関わる。
- 治安維持法
- 1925年に成立した政治思想・運動を取り締まる法律。
史料から分かること
女性には選挙権を認めなかった。
男子普通選挙の年齢・性別の資格が示される。
現代の成人全体の選挙権とは違う。
拡大の一方で取締法も成立した。
図書館が普選法と治安維持法を一緒に説明する。
投票資格と政治活動の自由を同じ尺度にしない。
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参考資料
- 男子普通選挙法の成立と治安維持法国立国会図書館
納税条件撤廃、救助を受ける人などの除外、三月の成立、治安維持法との関係。
- 普通選挙法が制定される国立公文書館
25歳以上の男性への拡大と1925年五月の公布。
