
噴火前の町で暮らす
噴火の町にも、その前にはパンを買い、家を直し、店へ品を運ぶ毎日があった。ポンペイの工房に残る臼と窯からは、原料を商品にする工程が分かる。豪華な壁画だけでは見えない、働く人々の生活の跡だ。
ポピディウス・プリスクスのパン屋には、円すい形の下部と砂時計形の上部を組んだ溶岩の臼がある。上から穀物を入れ、奴隷にされた人や動物が回し、粉を窯で焼いた。販売カウンターが残らないため、売り方には注文や卸売などの推定がある。臼や窯は実物が残る一方、販売方法は遺構から推測されている。
店と家をつなぐ仕事
住居、店、浴場は通りで結ばれ、町の人は自宅の外の設備にも頼っていた。建物は用途を変え、工事も続いていた。79年に埋もれたのは、全てが完成した記念都市ではなく、修理し、使い直していた町だった。
「窯の家」は紀元前2世紀の住宅が、地震後にパン屋へ改造された例だ。別の部屋には壁画の下描きや水設備の工事の跡も残る。噴火直前の町には、古い住居、仕事場へ変えた建物、工事中の空間があった。79年の遺構は、同時に完成した建物の集合ではない。
埋もれた都市が残したもの
火山の堆積物は生活の品を覆ったが、それは住民の暮らしを失わせた災害でもある。1748年からの近代の発掘後、壁画は光と雨にさらされ、色が薄れた例もある。発掘で姿を現した町を今も見られるのは、露出した壁画や建物の傷みを抑える保存作業が続いているからだ。
前後の流れ
- 紀元前2世紀
後に「窯の家」となる住宅が造られる。
- 79年
噴火で町が埋まる。住宅の改装や壁画工事の跡も残る。
- 1748年
近代の発掘が始まる。
言葉の意味
- 出土位置
- 物が見つかった場所と層。
- 堆積物
- 火山灰などが積もった層。
- 保存
- 劣化を抑え資料を残す仕事。
史料から分かること
粉をひく臼と焼く窯を合わせると、パン作りの工程が分かる。建物は人の仕事の順序を考える資料でもある。
住居・店舗・浴場・パン屋の臼と窯、79年の噴火。 噴火後の再訪と利用、1748年からの発掘。
窯だけでは働いた人の名前までは分からない。
噴火後には町への再訪や物資の回収もあった。見つかった場所が、必ず古代に使われていた場所だとは限らない。
住居・店舗・浴場・パン屋の臼と窯、79年の噴火。 噴火後の再訪と利用、1748年からの発掘。
物の移動の個別事情には調査が必要。
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参考資料
- A Guide to the Pompeii ExcavationsParco Archeologico di Pompei
住居・店舗・浴場・パン屋の臼と窯、79年の噴火。
- Pompeii after the eruptionParco Archeologico di Pompei
噴火後の再訪と利用、1748年からの発掘。

