
王位と地域の同盟を争う戦争
ジャンヌが来た時、包囲されたオルレアンではすでに兵と住民が町を支えていた。戦争の争点は王位と地域の同盟だった。現代のフランス人とイングランド人が、それぞれ一つの陣営にまとまっていたわけではない。
フランス内部のアルマニャック派とブルゴーニュ派の対立、イングランドとブルゴーニュの同盟があった。現在の国籍で敵味方を分けると関係を取り違える。包囲された町はシャルル7世側に重要だった。王の主張と地域の同盟を押さえることで、軍事の必要がどこにあったかが分かる。
オルレアンからランスへ
1429年の包囲解除で軍事の状況が変わり、その後シャルル7世はランスで戴冠した。軍事的な成功に続き、王の権威を示す戴冠の儀礼が行われた。ジャンヌの行動は、指揮官、兵、補給に携わる人々の働きの中で力をもった。
処刑後も続いた戦争
1431年のジャンヌの処刑は百年戦争の終わりではない。1435年のアラス条約が同盟を変え、大規模な戦いは1453年のカスティヨンまで続いた。ジャンヌの死後も、同盟関係は変わりながら戦争が続いた。後世の絵画などでは、長い戦争を象徴する人物として彼女が描かれるようになった。
前後の流れ
- 1428年
オルレアン包囲が始まる。
- 1429年
包囲解除とランスでの戴冠。
- 1431年
ルーアンで処刑。
- 1435年
アラス条約で同盟関係が変化。
- 1453年
百年戦争の終結の区切り。
言葉の意味
- 包囲
- 町を囲み出入りや補給を制限する軍事行動。
- 戴冠
- 王としての地位を儀礼で示すこと。
- 正統性
- 支配する資格が正しいと認められること。
史料から分かること
フランス内部にも異なる勢力があり、王位をめぐる関係が複雑だった。現在の国境に沿った二つの均一な集団として過去を描かない。
包囲、王位の対立、戴冠、裁判と戦争の経過。 呼称と後世の歴史叙述、英雄の表現。
後世の国民像と当時の同盟は同じではない。
包囲を解く軍事行動と、戴冠によって王を示す儀礼は異なる働きをもつ。両方を追うと、正統性が戦力だけで作られないことが分かる。
包囲、王位の対立、戴冠、裁判と戦争の経過。 呼称と後世の歴史叙述、英雄の表現。
英雄一人だけで軍事の全経過は説明できない。
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参考資料
- 百年戦争Bibliothèque nationale de France
包囲、王位の対立、戴冠、裁判と戦争の経過。
- ジャンヌ・ダルクの英雄像Bibliothèque nationale de France
呼称と後世の歴史叙述、英雄の表現。
- 戦争の終わりBibliothèque nationale de France
1431年後の戦争と1453年までの展開。
- 包囲と同盟の変化Musées d’Orléans
王位の対立、1429年の包囲解除、1435年アラス条約と1453年。

