
摂政から王へ進む
王像は男性の装束と付けひげをまとっているが、銘文には女性形の文法が残る。ハトシェプストは幼いトトメス3世の摂政を経て、共同統治する王となった。伝統的な王の姿を採り入れたのは、その地位を示すためでもあった。
高官センエンムトは王妃の財産を管理し、娘ネフェルウラーを養育し、後にアメン神の財産の大管理者となった。宮廷には土地や物資の管理を担う役人がいた。共同統治を支えたのは、宮廷と神殿をつなぐこうした人々の仕事だった。
交易と神殿をつなぐ事業
プントなどとの交易は神殿の事業へ資源を届けた。デイル・エル=バハリには、女性の衣装と王の頭巾をもつ座像、男性の王の形式の巨像、スフィンクスが置かれた。供物を受ける場所や行列の経路に応じて姿を使い分け、王の権威を空間全体で示した。
王像を壊し記憶を書き換える
名と像の破壊は死後およそ20年を経た時期と説明され、動機は確定していない。座像の胴体は1869年、別の破片は20世紀に見つかり、1998年に再接合された。今見ることができる像は、古代の破片を探し出してつなぎ直した修復の成果でもある。
前後の流れ
- 紀元前1473年頃
王として共同統治を行う時期の始まり。
- 紀元前1458年頃
統治の終わり。
- 1998年
座像の胴体と別所蔵の破片を再接合。
言葉の意味
- 摂政
- 若い王などに代わり統治を担う立場。
- 銘文
- 像などに刻まれた名前や説明。
- 共同統治
- 複数の王が同時に王権を担うこと。
史料から分かること
摂政は幼い王に代わって仕事を担う立場だった。そこから王の称号へ進んだ変化を追うと、女性の統治を単なる例外の物語にしない。
共同統治、交易、神殿と死後の像の破壊。 王像の形式、女性形の銘文、破片の再接合。
史料だけでは分からないこと
摂政と王としての地位を区別する。
像の服装と銘文は一緒に見る必要がある。男性形の王像に女性形の言葉が残ることは、本人を隠す意図と単純に結びつけられない。
共同統治、交易、神殿と死後の像の破壊。 王像の形式、女性形の銘文、破片の再接合。
史料だけでは分からないこと
像から内心や会話を復元できない。
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参考資料
- 女王からファラオへThe Metropolitan Museum of Art
共同統治、交易、神殿と死後の像の破壊。
- ハトシェプストの座像The Metropolitan Museum of Art
王像の形式、女性形の銘文、破片の再接合。
