水が集まる場所に都市を作る
家が何百軒も集まれば、水をくむ場所だけでなく、使った水の出口も要る。モヘンジョダロの井戸と排水路は、その毎日の課題に答えた設備だ。一方、乾燥したドーラビーラでは、雨や季節的な流れを蓄える貯水池が重要だった。
ドーラビーラの市街は城塞やその付属区画、儀礼の広場、中部市街、下部市街から成る。貯水池は城塞の東と南に置かれた。街を囲う壁や住居、水の設備を地形に合わせて配置した跡に、都市計画の工夫が残っている。
水を運ぶ人と品を作る人
井戸で水をくみ、排水路で流し、貯水池に蓄える。それぞれの設備に役割があった。ドーラビーラは二つの季節的な川と貯水施設を利用した。水の来る時期に合わせた仕組みの近くで、職人は素材を加工していた。
工房にはビーズのほか、銅や貝、半貴石、象牙などの資料が残る。材料ごとに、削る技術や磨く技術、金属加工の技能が必要だった。完成品と制作現場の跡は、専門の職人が都市に集まっていたことを伝えている。地元で作られた品々は、遠方との交易にも使われた。
つながっていても違う都市
整った街路があっても、住居の規模や質は同じではなかった。共通の設備を使う人々にも暮らしの差があった。住宅と工房に加え、墓地を調べることで、生産や水管理だけでは分からない社会の営みも見えてくる。
墓地には遺体の埋葬だけでなく、死者を記念する墓が多い。都市は生きる人の設備と死者への対応を両方もっていた。1968年の発見後、長く続いた発掘は、水管理、工房、墓地を同じ土地の関係として調べてきた。墓地は、住居や工房とは異なる面から都市の暮らしを伝えている。
前後の流れ
- 紀元前3000年頃
ドーラビーラの居住史が始まる時期。
- 紀元前1500年頃
ドーラビーラの長期居住の終わりの目安。
- 1968年
ドーラビーラの遺跡が発見される。
言葉の意味
- 貯水池
- 水を集めて保存する設備。
- 排水
- 使用後の水や雨水を流す仕組み。
- 都市計画
- 住居・街路・公共設備の配置を考えること。
史料から分かること
都市には社会的な差があった。
住宅の規模と質の違いが残る。
住民一人一人の身分を特定する証拠ではない。
水への対応は都市で異なる。
井戸・排水路と貯水施設を比較できる。
同じ文明でも同じ運営規則とは限らない。
理解を確かめる
答えを選ぶと解説が表示されます。本文や資料を読み返しながら考えてみよう。
参考資料
- Archaeological Ruins at MoenjodaroUNESCO World Heritage Centre
街路・住居・井戸・排水施設と都市生活。
- Dholavira: a Harappan CityUNESCO World Heritage Centre
紀元前3000〜1500年頃の居住、貯水と都市計画、工房。

