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紀元前3世紀中頃

アショーカ王の碑文

戦争への後悔を王自身が石に刻んだ。碑文を、理想と統治の記録として読む。

征服を悔いる王の言葉

勝利を記念するはずの王の言葉に、殺害、移送、家族や宗教者の苦しみが書かれている。第13岩石詔勅でアショーカはカリンガ征服の被害を述べ、ダルマによる勝利を掲げた。ただし、これは被害者の証言ではなく、王自身が示した統治の方針だ。

碑文で広げた統治方針

ダルマは家庭や仕事にも向けられた。第11詔勅は父母、親族、奴隷と使用人への対応や生き物を害さないことを説き、第12詔勅は他宗派の教えを聞くよう求める。自分の宗派を称えるだけでなく、異なる信仰の人々がいる帝国の行動指針を示した。

聖地への訪問と政策の実行

ルンビニの柱は、即位20年目に王が釈迦の生誕地を訪れたと記す。他宗派への敬意を説く公の倫理と、仏教の聖地への個別の支援が重なっていた。碑文から宣言や訪問は確認できるが、全地域で方針が実行されたとまでは証明できない。

前後の流れ

  1. 紀元前261年頃

    カリンガ征服の年代の目安。

  2. 紀元前3世紀中頃

    岩や石柱に統治方針が刻まれる。

  3. 紀元前249年

    ルンビニの石柱銘文が伝える訪問。

言葉の意味

碑文
石などに刻んだ公的な文字の記録。
ダルマ
碑文で示される節度や配慮などの行動原則。
カリンガ
征服とその被害が王の碑文で述べられる地域。

史料から分かること

王は征服への後悔を表明した。

カリンガに言及する碑文の翻訳。

史料だけでは分からないこと

被害者の直接証言や、その後の無暴力の証明ではない。

ルンビニ訪問の痕跡がある。

柱の銘文が年代と訪問を伝える。

史料だけでは分からないこと

他地域すべての政策実行までは示さない。

理解を確かめる

答えを選ぶと解説が表示されます。本文や資料を読み返しながら考えてみよう。

1. 王が征服の苦痛を記した。何を確かめずに結論にしてはいけない?

参考資料

  1. The Edicts of AsokaColumbia University

    カリンガ征服への後悔、ダルマ、他宗派への敬意を述べる王の碑文。

  2. Lumbini — significance of the heritage siteUNESCO World Heritage Centre

    アショーカ王の柱と紀元前249年の銘文。

  3. ルンビニの石柱と遺跡UNESCO World Heritage Centre

    紀元前249年の訪問を伝えるアショーカ柱と保護対象。